EVERGREEN

好きな人が物書きなもので、つい。

いつか傷跡になるまで

季節が巡り、今年も6月になった。

あのとき真っ暗で何も見えなかった未来に、私は今立っている。

 

先日あったクラウドの更新。「人は生きるためにいろんなことを忘れられるようにできてる。心の傷もかさぶたができて、少しの傷跡は残っても血は流れ続けないようになっている」と加藤さんは記した。

 

 

あれから一年を経た今思うのは、私の傷にはまだかさぶたができていなかったんだな、ということ。

 

私は今でもオタクではない友人にNEWSの話をすると、「あんなことがあっても変わらぬ熱量で応援できるのすごいね」「オタクは妄信的ですげー」と言われることがある。

 

そうやって塩を塗られてはちょっとだけ痛い思いをして、まだ触れられれば痛い生傷だったと気づくのだ。

 

 

 

生傷には湿潤療法が効くという。

 

私の気持ちは1年前から全く変わらないけれど、がむしゃらに叫ぶことしかできなかったあのときよりは、多少理性的に向き合えるようになった。去年とは打って変わってシングルの発売が待ち遠しい今この話を蒸し返す必要はないかもしれないけれど、自分のブログに感情的な言葉しか残っていないのはいささか気持ちが悪くて、もう一度振り返ることにした。湿っぽいのは、梅雨に免じて許してほしい。

 

 

私があのとき小山慶一郎さんと加藤シゲアキさんを糾弾せず、今もなお彼等を応援している理由は大きく分けて3つある。

 

 

①明確な悪意が見えた

報道があった次の日、新聞には「NEWS小山加藤」「未成年」「飲酒」「強要」という文字が並んだ。これだけ見ればそのまま「NEWSの小山と加藤が未成年に飲酒を強要しました」という構文が出来上がる。しかし詳細は「そのような飲み会があったことは事実だが、二人が事前に年齢を尋ねたところ成人済みと言われていた。結果として小山は未成年に飲酒を煽るような声をかけてしまいその音声が流出した。加藤はそこに同席していたが止めなかった」というものだ。そんな単純な話ではないし、まず、そこには嘘があった。

 

これは主観だが、私は成人しているものの問題になった女の子たちと年齢が近いので、どうしてもそちら側に対する疑念を拭い去ることができなかった。年齢を詐称してまで飲み会に参加した理由はなんなのか?その時点でまず飲酒に関しては自己責任ではないのか?相手が芸能人だから、飲酒を促されても断れなかったのか?じゃあ、それを録音したのはなぜ?仮に、小山さんの煽りが”強制”であって、とても断れなかったとする。だとすれば、飲まないフリだってできたし、トイレに逃げたっていい。以前、痴漢を女子高生が走って追いかけたニュースがあったけれど、複数人であれば協力することだってできた。そもそも店舗が年齢確認をしろという話だが、店員にだって助けを求められるかもしれない。そこで録音、というのはどうにも回りくどいし悪質だ。

 

問題になった相手が未成年なので擁護する声も多くあがっていたが、残念ながら、大学生という年齢は、こういうものを録って流したらどうなるかがわからないほど子供ではないのである。そこに明確な悪意を感じてしまう。

 

しかも、このニュースは数ヶ月前の出来事だという。ツアーが終わった直後で関心が高まっている時期を狙って記事を出してきたというわけだ。どうせ裏を取るなんてことしないんだから、情報を手に入れた時点で流せばいいのに、じっくり温めて、一番週刊誌が売れそうなタイミングでそれを出す戦略。

 

さらに、コヤシゲの報道があった次の週に、「手越も」というノリで別の記事を出す用意周到さ。それがこの一週間の間に起こったことならまだわかるけれど、そうではなくて、既に持っている情報を小出しにして出してきた。まったく違う内容の記事なのに「やっぱり手越もか」と読者の目をくらませて、「とりあえずNEWSはやばい」と思わせる戦法。

 

そもそもNEWSに限らず、昨今のスキャンダルで盛り上がる風潮自体にうんざりなのだが、今回は特に一連の報道の仕方に彼等を貶めようという思惑がまざまざと見て取れて本当に辟易した。飲酒を煽るのが問題だ!と思ったのであればもっとそっちにフォーカスして正々堂々記事を出せばいい話なのに、そういう悪しき風習を無くそう、というのではなくこのアイドルを失墜させてやろう、という意図しか感じられないやり方。自分の身に降りかかって初めて、週刊誌って本当にしょうもないなと心の底から失望した。マスコミってもっと巨悪を暴くためにあるもんだと思っていたのに。

 

加藤さんが謝罪を述べた日のビビッドで、真矢さんが「こういう音声が出るところからすべては始まっていた」と発言してくれたけれど、やはりその一言に尽きる。そこには悪意があった。まんまと嵌められてしまった彼等に一番足りなかったのは悪意に気づく力だと、そう思っている。

 

 

 

②絶対悪だとは思えなかった

アイドルがイメージ商売なことは重々承知している。クリーンなイメージがあればあるほど、CMはもらいやすくなるし、公的な機関と仕事をしやすくなるのは事実だ。

 

一方で、アイドルという仕事はなんて辛いのだろう、と思う。イメージを売っているが故に、常に「アイドル」であることを要求され、プライベートにまで踏み込まれるという現状。アイドルだって人だろうに、まるで人権が保障されていない。

 

私がNEWSというグループを好きになった理由のひとつは、その心配が少なかったことにある。魚を釣ったことをわざわざ報告してくれたり、ラジオで楽しそうに仕事と関係ないことを話したり、アイドルの向こう側にいるメンバー本人が楽しそうなのが伝わってくると嬉しくなるし、逆に辛いことがあればテレビだろうがなんだろうが涙を流したりする。きちんと喜怒哀楽の感情を持ち合わせているから、”人間”なのだなと安心して応援できる。

 

私にとって”推し”は、ときに友人や家族よりも近しい存在である。

毎日声を聞き、離れて暮らす家族より顔を見て、現実の友人よりもモロに影響を受けている。日常のふとした瞬間に、今日も元気かなあと思ったり、今日も笑っていますようにと願ったりする。

 

だからこそ、友人や家族がやっても引くようなことでなければ、正直プライベートで何をしていようがどうでもいい。私は好きなアイドルが誰と飲んでいようが誰と付き合っていようが風俗に行ってようが知らんこっちゃない。ただ、その線引きが人によって大きく異なるということも理解している。好きなタレントが喫煙者だったというだけで「ショック」と言って離れていくファンもいる。イメージというのはそれくらい勝手なものだ。

 

その上で、今回の件が社会派アイドルとして売り出していた二人にとって大きな痛手だったことは間違いないが、正直なところ件のやりとり自体は居酒屋の座敷を回って歩けば高確率で見られるようなものであって、それが「絶対悪」だとは思えない、というのが私の主張だ。

 

そんな私は倫理観が欠如しているのだろうか。そうかもしれない。

私も激しめの飲み会には同席することがあるが、個人的な印象として、飲ませる側と飲まされる側は大抵の場合そういう飲み方を楽しんでいる人間で、その火種をあまり他に広げようとはしない。私はその輪には入らないけれど、盛り上がっているなら結構、といった具合で、助けを求められない限りそれを無理に止めはしなかった。さらに、本当にヤバい状態というのは大概そうなる前にわかるので早めに介抱するし、最低限の良識があればそんな状態になってまで飲酒を煽ることはしない。

 

立場が違えばそれはアルハラになるのだろうけれど、自分も傍観者なのだから、私は小山さんも加藤さんも糾弾できないし、する資格がない。

 

 

 

③ただ信じたかった

ここまで、私が思ったことをつらつらと書いてはきたけれど、そのどれもが、ファン心理に基づく擁護なのだろうということは自覚している。犯罪にはならなかったにしろ、コンプライアンスが重んじられる昨今、こういう軽薄な行動は責任ある仕事をしている彼等の首を絞めることにつながる。それも理解している。

 

それでも私が、彼等を嫌いにならなかったのは、彼等がこれまで積み上げてきたものがそこにあったからだ。私は別に、スキャンダルが出ないから彼等を好きだったわけではない。清廉潔白なイメージだから惹かれたわけでもない。

 

挙げればキリがないけれど、私が魅了されているのは唯一無二の歌声であり、圧巻のライブパフォーマンスであり、行く先を照らすような言葉であり、何より泥臭くひたむきにアイドルという仕事に向き合う姿であって、その尊さは彼等の行いによって簡単に失われるようなものではない。むしろ、やっぱり弱いところを持った人間だよなあ、と苦笑したくなるくらいだ。

 

 

 

正直に言えば、反面教師的な要素も強かったと思う。

 

あの日わたしは、無防備な状態でカメラの前に立つ彼等を見た。

自業自得、という言葉の下で、石を投げられる彼等を見た。

あなたのファンだと言いながら、混ざって石を投げる人たちを見た。

 

そういう光景がすごく恐ろしく見えて、自分は ”そっち側” にはなりたくないと思った。

彼等の盾になることはできなくても、絶対に石を投げるまい。

普段の加藤さんがそうであるように、こういうときこそ、弱い側に寄り添える自分であろうと。

 

 

私の人格形成に大いに影響した作品の一つに『フルーツバスケット』という漫画があるけれど(加藤さんが掲載されている今月の『ダ・ヴィンチ』にアニメの特集が載ってました。是非。)、その中にある今もずっと忘れられないセリフの一つ。

 

疑うなんて誰にでもできる簡単なことだし

透は信じてあげられる子になりな

それはきっと 誰かの力になる

 

多分、この一件は私が初めて「信じる力」を試される出来事だった。

彼等がたとえ悪でも、私は好きな人を、尊敬する人を、愚直に信じられる自分でいたかった。

 

結局のところ、自分の在り方を決めているのは正義とか倫理とかそんな大層なものではなくて、私は好きだから好きだというし、悪口を言うより言わない人間、疑うより信じられる人間でいたいからそうしているだけなのだと思う。正直それはエゴかもしれないし、私はあのとき、迷える誰かを助けられたわけでも、ハガキをたくさん出して貢献できたわけでもないと思う。ただ、寸分の狂いもなく小山さんと加藤さんを、NEWSを信じたことだけは胸を張れる。

 

だからこそ、『「生きろ」』で「あのとき君が信じてくれたように」と歌われるたびに、あのときの辛さが全部報われたような気持ちになれるのだ。

 

 

 

きっとこの傷は、そう簡単には塞がってくれなくて、こうやって同じ季節を迎えるたびに、あのとき聞いていた曲を聞くたびに、わたしは思い出してしまうのだと思う。

 

それでもこうやって言葉にすることで、少しずつ悔しさと悲しさが軽減されていく気がするから、わたしは考えることをやめずに向き合っていきたい。

 

いつか傷跡になるまで。

 

 

そんな思いで、最後に、あの6月につけていた日記を載せておく。

 

 

 

6/13 (水) 夜

 

手越くんのRINGの更新があった。

彼らはまだ生きている。

人間としてもアイドルとしても、確かに生きている。

その証拠に、まだ声を、言葉を失っていない。

 

それはまるで二時間前までモノクロだった世界に急に色が戻ったような、

雲間から光が射してくるような”救い”だった。

手越くん、あなたは本当に希望の光だね。

 

NEWSは、彼らの作品や言葉は、いつも私の予想のななめ上を行く。

 

 

6/14 (木) 昼

 

今日の私は怒っていた。

彼らの積み上げてきたものも、どういう人かも、

何も知らない人々が、勝手に踏みにじっていく。

 

「どう思いますか?」

「ショックです」

ふざけんな。

 

私は加藤成亮という人間を知っているなんて思わない。

でも、加藤シゲアキという人が魂を削って作り上げた作品を、この3年間ずっと見てきたのだ。彼の発した言葉や考えだって、大切に拾い集めてきたのだ。少なくとも、そこらへんの街にいる人よりは。

 

もちろん、アイドルがイメージ商売なのはわかっている。

けれど、大して知らない人間を指差して、あいつは悪だと決めつけることが果たして正義か?

仮にそれが悪だったとして、それ以外は見えない透明な身体にできた一つの染みをやんややんやと責め立てることの方がよっぽど軽薄な悪ではないのか??

 

大好きな人が攻撃されるのを指くわえて見ていなければいけない世界なんて終わってしまえ。

不必要な暴力を良しとする社会なんて壊してしまえ。

 

そういえば、そんな歌がどこかにあったな。

 

 

 6/14 (木) 夜

 

ブログを書いた。

http://bagle00.hatenablog.com/entry/2018/06/14/234449

 

アイドルは物語だと思っている。

運命的な偶然によって同じ「グループ」として仕事をすることになった少年少女が、手を取り合って芸能の世界で夢を叶えるまでの群像劇。グループという大きなシリーズの中の登場人物ひとりひとりに色々なイベントがあって、私たちはそれを読む読者。普通は表に出ることのない他人の生が剥き出しになっているのを、眺めて消費するだけの存在。消費することで、もしかしたら多少はストーリーに影響を与えられるかもしれない存在。

 

しかし、そうであるならば。

どんなゴールであれ、ハッピーエンドが望ましい。

 

物語はまだ、終わらない。

この物語の最後に待ち受けるHAPPY ENDINGを、私はずっと信じている。

 

6/14 (金) 昼

 

早起きしてビビッドを見た。

こういう場を設けてくれた番組には感謝しているが、正直番組の構成にも演出にも納得していない。冒頭でまた無意味な街頭インタビューを取り上げる演出なんて、それを見せられる加藤さんにとっても、それを見る加藤さんをワイプで見せられる私たちにとっても、拷問でしかない。しかもそのあと別のニュースを挟んで引っ張ってからの謝罪。率直に言って番組の印象がよろしくない。

 

黒いスーツで出てきた加藤さんは心なしかやつれていて、私の目には、まだいろいろと整理がついていないように見えた。こうして番組で生存確認ができることも、言葉を発する場所を与えられていることもありがたいと思わなければいけないと思うから、「こんな姿見たくなかった」なんて思わない。ただ、どうかきちんと食事を摂ってゆっくり寝てほしい。今はただ飛んでくる矢から身を守って。あなたが旗を振るのは、それからでいい。

 

6/14 (金) 夜

 

世間が全く彼らに対する興味を失わないので、私の気持ちも固くなる。

 

味スタがどうなるかまだわからないけれど、そこに彼等が立ったとして、泣いたら「泣くな」、笑ったら「よく笑えるな」、はたまた堅い表情で現れたら「それでもアイドルか」とか言う人がいるだろう。

そんな外野は放っておいていい。

 

自分たちの決めたアイドル像で、堂々と立ってほしい。

俺たちがNEWSだと。

 

あなたたちの在り方はわたしたちが決めるものじゃない。

あなたたちが歩む姿が美しいから、そこにわたしたちが集まったのだと思う。

 

誰がなんと言おうと、あなたたちがNEWSであるように

誰がなんと言おうと、私はNEWSが大好きだ。

 

見つめるたびに、恋。

WORLDISTAにログインする前から、とりわけ宮城の公演が楽しみでワクワクしていた。

友人の妹のシゲ担にお誘いをいただき、4連で参加できることになったのだ。3連までは経験したことがあったけれど、4連なんて一生できないと思っていたから、一緒に参戦する友人たちと1ヶ月前にうちわを作る会まで開いた。やっぱり4人だったら「シゲアキ」の4文字だよねと一文字ずつ切り取って作った手作りの名前うちわは、光を遠慮がちに反射するデザインで、我ながら加藤さんに似合う出来だと思った。

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入ってみると、席はスタンドの上方だった。いい席じゃなくてごめんなさい、と言われたけど、全くもってそんなことはなかった。どの席でもいいところがあるし、何よりそこは加藤さんのリフターの目の前だったのだ。

 

ライブの中盤。とうとうリフターで歌う曲になった。

加藤さんを乗せたリフターがゆっくりと上昇して、ちょうど目線の高さで止まった。定められたその高さは、恐ろしいほどまっすぐに私の正面で。その直後、バチンと音がしそうなくらい目が合ったのがわかった。

 

周りの世界が消えてしまったみたいだった。スポットライトに照らされた加藤さんと、客席でうちわを持った私と、セキスイハイムスーパーアリーナにたった二人で存在しているような気分になった。音も景色もシャットダウンされた二人だけの世界で、どれだけの間見つめあっていたんだろう。「今めちゃくちゃこっち見たね?!」という友人の一言で現実に引き戻されると、彼はまた別の場所を見ていた。

 

 

 

その曲中、加藤さんは何度も何度も私たちの方を見てくれた。

見てくれた、というよりかは、あまりにも真正面だから、見ようとしなくても目に入ってしまうようだった。防振を持っていた友人も双眼鏡の中で何度も目が合うと言っていたし、私も何度もこっちに視線が向けられていて、かつ周りにシゲ担が少ないことも察知していたのだけれど、彼が何もしないので「本当に私たちなのかな」と段々不安になってきた。それでも何もできることはないから、視線を感じるたびに、目一杯の笑顔を浮かべてうちわを少し振った。

 

曲が終わる。リフターが下がっていく。

ああ、この幸せな時間も終わってしまうのだなと思ったとき、加藤さんがこっちを見て手を振った。下がっていくリフターで、上を見上げて、私たちに手を振ってくれたのだ。それも一番に。友人はあとで「しかたねえな~って感じの顔」と言っていたけれど、とにかくそんな彼氏のシゲくんみたいな優しい微笑みを浮かべて、紛れもない既読をつけてくれたのだ。

 

 

そうして私は、もう何度目かわからない恋に落ちた。

 

 

 

 

埼玉公演のとき、フォロワーさんと今回のシゲはちょっと大人しいよね、という話になった。Twitterもリフターの時は特に全然動かないよね、というお話をした。確かに札幌公演で私がスタンドの下の方から見上げた加藤さんはずっと上の方を見ていて絵画のようだったし、小山さんや手越くんのようにたくさんファンサをしたりはしないけれど、宮城で”上の方”にいた私は思い出した。彼の視線がスタンドの端から端まで、何かを探すように何度も往復していたことを。

 

ここ数日、Twitterで加藤さんのファンサの話が盛り上がって、彼のファンサは「見つける」ことなのだと気づいた。

 

思い返せば初めてのライブだったNEVERLANDで、スタトロ最前列だった私がここぞとばかりに彼の名前を叫んでいたときも。そんな近い距離で見れただけでありがたいのに、せっかくのスタトロなんだから上の方の人に手を振って当然なのに、それでも「ここにいるよ」と伝えたくて、この世の終わりみたいに名前を呼んでいた。そして、今にもトロッコが通り過ぎようかというときに、彼はしゃがんでくれた。しゃがんで、トロッコの横から顔を出して、私のうちわを見て、困ったように笑ったのだ。

 

そんな永遠のような一瞬のあと、私は立ち上がった彼の、マイクを通さない肉声を聞いてしまった。

もう十分聞き慣れたはずの加藤さんのパート。

「美しい恋にするよ」ーーーーそんな約束を。

 

 

 

私がライブに必ずうちわを持っていこうと思うようになったのはそれからだ。名前を呼べば届くこともあると知ってしまったから。あの日あの時あの瞬間、ただあなたのファンの一人でしかなかった私を見つけてくれたから。そんな自意識を抱いてしまうことは、拗らせれば呪いになる危険性も孕んでいると思う。ファンサは魔法なのだ。自分次第で祝福にも呪縛にもなる、美しい恋の魔法。

 

それでも私が加藤さんのうちわを持つのは、SNSで愛を叫ぶのは、同じものが好きな仲間を得たいという気持ちもあるけれど、やっぱり加藤さんに知ってほしいからだ。ここにあなたのファンがいると。何千、何万といるあなたのファンのひとりです。本当にここにいるからね、と。

 

 

 

私はきっとどこかで加藤さんがファンの存在に懐疑的だと思っているのかもしれない。

 

 

 

何も根拠はないのだけれど、謙虚すぎる加藤シゲアキという人は、自分にたくさんのファンがいるということにも実感を持てていないのではないかと思うことがある。アイドル側から見たファンという存在を想像してみると、ファンクラブの人数やCDの売り上げ枚数は指標にはなれど、やっぱり実体のない数字でしかない。私たちがアイドルに対して「本当に存在するの?CGじゃない?」と言うように、アイドルにとっても、私たちは見えない群衆なのかもしれないのだ。だからコンサートという空間で、私たちは互いの存在を確認しあっている。お互いに「本当にここにいるよ」「本当にいるんだ」と確かめ合うように。

 

そう考えるといろんなことに合点がいく気がした。一人残らず自分のファンを「見つける」とでも言いたげなコンサートでの様子も、本当はめちゃくちゃ愛されたいと思っている加藤さんが「ラジオに来たメールは全て読んでいる」と言うのも、もしかしたら”愛してくれる人”の実体を求めるがゆえなのではないか、と。

 

全て憶測にすぎないけれど、そんなことを考えては、加藤さんのことがまた一段と愛おしく思えるのだ。

 

 

彼はいつだって”見つけて”くれた。

他のコンサートーーEPCOTIAや味スタでも、今回ほど確証はないけど、「加藤さんと目が合った」と思う瞬間があった。きっとコンサートじゃなくても。ラジオでも、ネットでも、どこかで加藤さんは私たちを見つけてくれているような、そんな気がする。彼のファンになってつくづく幸せだと思う。そこに言葉がなくても、アクションがなくても、見つけてくれた、というだけで、肯定してもらえたような気持ちになれるのだから。

 

 

目が口ほどに物を言うなら、確かに見つめあったあの数分間で、私はどれだけの愛を伝えられただろう。

 

どうか、彼が手を振らざるを得ないくらい、「どうしようもなくあなたが好きなんだ」と伝わっていたらいい。

 

 

考察大好きオタクが「W」のタイトルを予想してみた

ただいま地球!

 

新年早々こんなことを書くと別の界隈の方々にはなんのギャグだと思われそうですが、私および我々にはこんな台詞が許されるのであります。そう、なぜなら私はNEWSファンだからです。

 

というわけで、『NEWS DOME TOUR 2018-2019 EPCOTIA -ENCORE-』が終わろうとしています。NEWS初のカウントダウンコンサートを含む本公演は、春に行われたアルバムツアーの「アンコール」として、アルバム『EPCOTIA』の宇宙旅行という世界観を引き継いだ内容になっています。NEWSはグループ名を頭文字にしたコンセプチュアルな「アルバム・プロジェクト」をシリーズ化しつつあり、夢の島が舞台の2017年『NEVERLAND』、そして宇宙旅行がテーマの2018年『EPCOTIA』に続いて、『W』『S』を頭文字にしたアルバムを発表すると予想されていました。そして今ツアーでとうとう本格的に次の『W』を示唆する演出が入ったため、こうしてブログを書いている次第であります。

 

…だって当てたいじゃん!!

(NEWSの手のひらで踊らされるオタクの図)

 

NEWSくんの匂わせ方的に恐らく今日のオーラスで何かしらの発表が、少なくともタイトルの開示はあると考えられます。めちゃくちゃギリギリですが発表を受けて大騒ぎしたいから頑張って書くぞ~!

 

  • ENCOREでの演出について
  • タイトル及びテーマに求められること
  • 「W」タイトル予想

 

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私とシングル。

 

初めて、同じシングルを3枚買った。

 

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いわゆる「全形態」。

二週間前予約したのは初回盤Aのみだったが、何が何でもこのシングルは買う、と思っていたので、昨日の私はなんの躊躇いもなく3枚のCDを持ってレジに並んだ。そのことに一番驚いているのは自分だった。

 

 

私は10年弱嵐のファンをやっているが、数年前まで「シングルを買う」という概念は持っていなかった。

「買いましょう!」という声なんて聞いたことがなかったし、そもそも彼らはごく当たり前のようにオリコンシングルチャートで1位を取る。そもそも、「シングルなんて」、半年くらい我慢すればアルバムに必ず収録される。アルバムは曲聴きたさに買うことが多かったので、そのときに取り込めればいいや、と思って買うことはなかった。もしカップリングが聞きたかったら、少し我慢してレンタルショップに出るのを待てばいい。友人に借りるという手だってあるし、中古で買うことだってできる。

 

私は学生だったこともあって、ライブDVDとアルバムを買うのに精一杯。シングルを買う、まして複数形態なんて、「お金持ちの大人がやること」と思っていた。

 

 

 

私がシングルを買うようになったのは、NEWSのファンになってからだ。

 

私はちょうどKAGUYAの時期にファンになったので、ファンとして初めて出会ったシングルは『Touch / ヒカリノシズク』だった。とにかく"ファン"として何かを買うということがしてみたくて、どの形態を買おうかワクワクしていた。シングルを買おうと思ったのは、(失礼だが)NEWSは毎年必ずリリースがあるわけではないし露出も多くないので、ここでお金を出してもやっていけるだろうと思ったからだ。スポットCMが流れ初めて、TouchのMVがどストライク(人生の好きなMVトップ5入り)だったので『Touch』を購入した。

 

次の日学校に行って、同じクラスの先輩NEWS担と話していると、「ヒカリノシズクもめっちゃ良かったよ!」と言われた。やっぱり2枚買うものなの?と聞いてみると、「リリースも多くないし、ここで買っとかないと」という話をされた。NEWSはオリコン連続1位の記録を持っていたが、そういう数値が世間では大きな指標となることも知った。そこで私は売り上げは説得力になるということ、そしてそれ以上に好きなものにお金をはらうことの意義に気づいた。

 

 

とはいえシングル、それも2枚目を買うと言うことに抵抗はあった。(だって1曲目は同じだし。)

 

どうしようかと考える頭に浮かんできたのは、FNS歌謡祭で披露されたときの記憶だった。4人なのに思いっきりセンターとわかるフォーメーションで真ん中に立ち、歌い出しを任された自担の姿。新米ファンのくせに、彼が堂々とセンターに立つ日が来るなんて…と感慨にふけっては誇らしくなった。原作、出演、主題歌という響き。彼の努力が実を結んで生まれたシングルなのだと思うと、どうしようもなく嬉しかった。このシングルは、彼を応援している者として1枚でも売り上げを伸ばしたい、と思った。一年間の総まとめであるアルバムと違って、シングルはピンポイント。その時の売り上げや反応が、きっとその後の活動に影響する。このシングルが売れて欲しい、私はこれにお金を払わなくちゃ。何万分の1かもしれないけど、それでも購入することで「好き」を伝えようと思った。

 

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その日私は「まだあるだろうか、どうか残っていますように」と願いながら前日と同じCDショップに行って、『ヒカリノシズク』を入手した。特典のクリアファイルもまだ残っていて、とても幸せな気持ちになった。それが初めて"応援するため"にCDを買った日だった。

 

 

それからは、できるだけ義務感を感じないようにしながら、「好き!」と思った曲に対してはお金を払うように心がけてきた。ずっと応援していた嵐も、初めて買ったシングルは『Touch』の頃に出た『復活LOVE』だ。

 

 

音楽配信サービスが当たり前になったこの時代にCDを買う醍醐味の一つは、手元に思い出が増えることだと思う。お金を持っていない学生にとってCD1枚は大きな買い物だし、大人になったらなったで、「CDを買う」って多分それほど日常的な買い物じゃない。私は持っているCDを買った時のことは全部鮮明に覚えていて、ときどきその思い出にはCD代以上の甘酸っぱさがあるな、なんて思ったりする。

 

昨日私が『BLUE』をフラゲしに行ったタワーレコードはコンサートのグッズ売り場かと思うほどレジに列ができていて、贔屓目に見て並んでいる人の5人に1人は手に『BLUE』を持っていた。その光景を見ていたらどうしようもなく嬉しくなって、涙目で会計を待つヤバい人みたいになってしまった。

こんなにたくさん用意してくれたのが嬉しくて、たくさんPOPやボードで飾りつけてくれたのが嬉しくて。言おうか言わまいか、迷惑じゃないかな?などと自意識の葛藤を起こした末、勇気を出して店員さんに「たくさん展開してくださってありがとうございます。」と伝えると、その店員さんはありがとうございますと笑ってくれた。

店を後にする前に、その店舗に置いてあるNEWS応援ノートにメッセージを書きに行くと、そのコーナーにいた女性がノートを手に取るところで、私がペンを出したのを見て(わざわざ青いペンを持参していったので)先にどうぞと譲ってくださった。CDを予約しにきた先々週見た時には心が痛いメッセージや悪ふざけのような中傷ばかりだったノートが、今は応援メッセージで埋まっていた。そのことについ舞い上がって、書き終わったノートを渡しながら「三形態買っちゃいました!」なんて言ってしまったけれど、その方は優しく微笑んでくれた。

 

今回もそんな嬉しい思い出ができた。

買いに行かなければ生まれない思い出だった。

 

 

少しでも多くの人に『BLUE』と出会ってほしい。1枚でも多く売れてほしい。でも、買い占めろ!なんて言うつもりは全くない。CDショップで「在庫全部ください!」って言うの、100万円降ってきたらやってみたい夢ではあるけど、私は身の丈にあった応援で十分だ。

 

ただ、今まで私のように「シングルなんて」って思っていた人が1枚買ってみる、いつもは初回盤しか買っていなかった人が通常盤も買ってみようと思うきっかけになればと思って、このブログを書いた。Twitterで#NEWS #BLUEの一大ムーブメントが巻き起こっているけれど、もっと気軽に、どこかに立ち寄った帰りでも、たまたま買い物に行った時でも、手にとって1枚買ってみてほしいと思う。CDを買うって、意外と楽しい。ちなみに『BLUE』はどの盤を買っても後悔させない最強シングルなので、シングルヴァージンの人こそこの機会にぜひ…と思っている。

 

 

 

 

 

 

 

さて、昨日のフラゲ日、『BLUE』はオリコンシングルチャートで一位をとった。

 

www.oricon.co.jp

今まで全然気にしていなかったのに、1位をとったら、やっぱり嬉しかった。

初動93,307枚の中のたった3枚かもしれない。

それでも、私にはこんなに輝いて見える。

 

 

この胸が叫ぶまま

もう疲れてしまった。

蔓延る悪意にも、涙を流すことにも、”いい子”にしていることにも。

 

どうして世界はこんなに他人に興味を持つんだろう。

もう放っておいてくれ。

 

一週間、いろんなことを考えているけれど、自分の芯は揺らがなかった。

あと10発スキャンダルが出たとしても、なんなら彼等が軽犯罪に抵触する行為を犯したとしても、もう私の気持ちが変わることはないだろう。

 

 

 

NEWSが好きだ!

 

 

 

 

 

不謹慎だと批判してくれて構わない。

人は法を犯したら裁かれなければならない。

失礼があれば謝るべきだ。

過ちを犯したら反省すればいい。

 

でも、だからと言って失望なんてできないのだ。

今までの私の人生に彼等がくれたものは、

どんな痛みを被ってもなお余りある夢と希望と救済だ。

それがどんなに貴くて、愛おしくて、輝きに満ちた光であることか!

 

代わりなんてあってたまるか。

 

 

元から対価など求めちゃいない。

 

 

だって返せるはずもない。

 

 

感情論で結構。屁理屈と承知。お花畑上等。

どんな人間にも、好きなものを好きだと言う権利はあるはずだ!

だから誰も私の好きに口を挟むな!!!!

 

 

 

誰がなんと言おうと、私は彼等を愛している。

 

 

 

 

SPEAKER、今初めて聞いたのに心底ぐっときてびっくりしたよ。

Forever

ブログのタイトルを変えた。*1

 

もともと「シゲの梅干しを食べたい」衝動をタイトルにしていたけれど、それがにゅす恋のイベントストーリーでバーチャルに実現してしまった上、そんなことを呑気に言っていられる場合ではなくなったことが理由。ほとんどは気分の問題だ。

 

 

例の件に関して、毎日朝起きてから夜寝るまで、ずっと考え続けている。

朝起きて何もないことを確認して、夜はいろんな方の意見を読んで眠りにつく。

事が発覚した時も、彼等がカメラの前に立った時も、私はここ数ヶ月抱えていた大きな案件の仕事中で、うまくそれを処理しきれないまま、今日まで過ごしてきた。

文章にして自分の考えを整理しようとしたけれど、何が言いたいのか結局まとまらず、書いては消し、書いては消しを繰り返してまだ完成しない。

 

ただ、いくつかはっきりしていることがある。

あの時涙が出るほど恐れた(今も恐れている)のはNEWSがなくなってしまうこと。

そして毎日不安に思っているのは、加藤さんのことだ。

 

つまり、この一件で、私の彼等に対する気持ちはこれっぽっちも変わっちゃいない。

私の中のNEWSも、加藤シゲアキという人も、全く色褪せることなく生きているのだ。

 

その気持ちはきっとこれからも変わらない。

何があっても、今までにもらった宝物と、加藤シゲアキさんへの気持ちは変わらない。

そう自信が持てたから、永遠、なんて言ってみたくなった。

今の彼には言えないけれど、願わくば、加藤さんにも、ずっと輝いていてほしいと思っている。

 

 

 

あえて「いつまでも」と言う。

誓いであり、祈りでもある。

 

 

Bank Band「evergreen」 from ap bank fes '06 - YouTube

*1:Google先生で調べたら、釣り具のブランドにあるらしく、ちょっと笑った。

片道切符の宇宙旅行ーEPCOTIA初ON AIRー

怒涛の2月27日(おたすけJAPAN告知、テゴシゲのナゾトレ、KEIICHIRO更新、EPCOTIAジャケ写解禁)の最後を締めくくるKラジ。小山さんソロラジオ、そしてEPCOTIAから一曲フルオンエア!!!!

きっと歌詞の耳コピしてくれる方とかは他にいらっしゃると思うので、もう私はただ私が感じたことを感じたままに書きます。

 

で、

鳥肌。

 

イントロはそこまでメカニカルではなく、発射前の煙みたいな印象。煙が漂ってきて、そこに時折混じる女声の語り(?)と機械音。頭の中に一瞬でTDLのスペース・マウンテンが浮かびました。

スペースマウンテンでスターツアーズでスタートレックで嵐のDIGITALIANみたいな!

(実は去年のNEVERLANDの語りをしてらっしゃる声優さんってスタートレックの船長さんなんですよね。まあそれは置いといて)

去年はライブ会場で開演前ずっとスチームパンクな音が流れてるのがとても印象的だったんですが、今年のライブもスター・ツアーズみたいな感じで電子音とか機械音とか流れてそうだな、と思いました。

ドーン!っと来ないが故に期待が募るイントロ。

そして歌い出しは今年も増田さん。

やっぱり去年の演出の印象が強いからだと思うんですけど、イントロ終わりのNEWS出てきたー!感がすごい。もう歌い出すまで姿を現さないでほしい。ここで湧きたいんじゃ!!!!

 

歌割りは

マス→シゲ→コヤ→テゴ。

「人類が初めて宇宙へ行った1961(英語読み)…」みたいな歌詞のパートがシゲなのが胸熱でした。ストーリーテラーはやっぱり彼にやってほしい!ヴァンパイア*1を思い出した。

 

 

サビはめちゃくちゃ突き抜けたメロディ。

しかも歌詞がかなり前向き、かつ力強い感じがあって、去年のNEVERLAND以上にリアルなNEWSの状況と重なって聞こえました。

「Let’s go Traveling Into Astroworld.」

宇宙へ行くぞと歌うNEWSは、ノンストップで突き進むぞ、ノーレストだ2018年って散々雑誌で語っている今のNEWSそのまま。

このタイミングでこの曲、このテーマなの超エモい

先述しましたが、1961年にガガーリンが世界初の有人飛行を成し遂げたことを振り返った上で「じゃあ僕たちも行こうか」というスタンス。振り返るだけじゃなくて突き進む。これ今のNEWSじゃん。

同じ"アルバム・プロジェクト"と銘打ってくれているので比較してみますが、去年のNEVERLANDは夢と魔法の世界。連想する言葉としては「別世界への誘い」「あなたの元へ鍵が届く」「あなたは1人じゃない」という感じ。鍵職人NEWSが鍵を届けてくれて、ライブではゲートの番人としてNEVERLANDを案内してくれたので、心があたたまるような優しいイメージがなんとなくあります。

それに比べると今回の宇宙旅行は、「LET'S GO TO THE PLANET」(笑) なんですけど、「一緒に行くよ、ついてこないと置いてくぞ!」くらいの勢いを感じました。やっぱりモチーフのイメージも「鍵」じゃなくて「ロケット」なんですよね。しかもこれスペースシャトルでもなくてやっぱりロケットですたぶん。未来と同じで行ったら戻ってこれない。サビだけの印象だったら旅行と言いつつずっと着陸しないで飛んでそうだ。その点、"いつでも帰れる"NEVERLANDとはまた違っていて。曲に「ノンストップ」「ノーレスト」っていう今年のNEWSの抱負が感じ取れました。

 

 

サビの後は一旦穏やかで希望に満ちたサウンドになります。

あ〜宇宙平和。今日も星がきれいだ。

また造語EPCOTIAの元になったフレーズ(Experience Planets, a corner of the  CosMos. Let’s go Traveling Into Astroworld. )を語る女性のナレーションが聞こえます。それに加えて子供の声も。

やべえ花咲いてる…此処はアヴァロンか…。

 

しっとりした間奏から、また2番へ。

Aメロに (Hey!) ってC&Rするところがあるので楽しみ!(って言いたいところだけど本番は多分それどころではない。)

二番サビ前の「EPCOTIA〜〜!!」は手越さん。

この曲、やはり構成的に去年のリード曲と似通ってる部分がたくさんがある気がするんですがここはNEVERLANDでいうなら「七色の喝采はNEVERLAND PARADE」のところ。サビ前のBメロで一気に盛り上がる(しタイトル叫んでる)ので、そこにパワフルボイスなテゴマスが持ってこられてるんだなー!

 

似てる部分ということで言うと、去年の元素部分(FIRE、WATER、RAY、DANCE…)のように一語ずつ読み上げるパートが間奏にあって、今年は太陽系でした。MARS、JUPITAR、SATURN、みたいな感じ。冥王星あったかな。忘れた。)

セーラームーンも入ってくるのか…

(違う)(ここでテゴママがセーラームーンやった話思い出す)

 

今年も"EARTH"あたりでペンラが光ったりするのかな?

去年は"LOVE"で光る胸アツ演出だったので。

 

NEVERLANDと似てると書きましたが、サウンドは少しデジタルでもやっぱり「NEWS」らしい、"アルバム・プロジェクト"のリード曲だなと思いました。わざと寄せてるのかも。とにかくこんな一時間で2000字かけちゃうくらい壮大でメッセージ性の強い曲をまたありがとうございます。大好物です…。

 

 「無理」ってすぐいうオタク。

 

Experience Planets, a corner of the  CosMos.

Lets go Traveling Into Astroworld.

-星々や宇宙の片隅を体験しながら、一緒に旅に出よう-

 

片道切符が手に入るまで、あと22日!

*1:美恋魂シゲソロ